みえ≠フ法灯

浄土真宗親鸞会 三重

【コラム】「死後はない」のに慰霊祭?

 NHKの「日本人の宗教意識」アンケートによると、「死後は存在しない」「多分ないと思う」は35パーセント、「分からない」と答えた人を含めると、6割以上が、死後に対して懐疑的であることが分かります。

 にもかかわらず、毎年8月になると、各地で慰霊祭が行われます。「慰霊」とは、読んで字のごとく、故人の霊を慰めるということです。また、知人や友人が亡くなると皆、「ご霊前で」と口にします。

 これらは、死後の霊の存在を認めなければ全くナンセンスなのですが、だれも何の矛盾も感じていないようです。
「いや、それは風習だよ」と言う人もあるでしょうが、「安らかにお眠りください」と涙ながらに遺影に語りかける姿や、遭難の時など船やヘリコプターから亡くなった場所へ花束を投げる様子は、深刻で神妙です。

「死んだらすべて無になる」と本気で思っている人の単なる儀礼とは、到底思えません。理屈で死後を否定してみても、否定し切れない感情があるのです。

 また、「慰霊」とか「冥福(冥土の幸福)を祈る」のは、故人が幸せになっているとは思えないからでしょう。幸せなら慰めたり、幸福を祈る必要はないのですから。

 だれしも心のどこかで死後の実在を肯定し、死者が苦しんでいるような気がしてならないのではないでしょうか。

 一片の知識では否定し切れない、これは深い人間性からくるものです。

 では、自分が死んだらどうなるのか。この一大事に驚くことが、実に仏法の出発点なのです。

 

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